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雑感の塊

3日坊主

 3日坊主という言葉を言われる度に思う、「3日は長い」と。大抵のどうでもいいことは寝て起きたらもうやる気が無くなるため、自分の場合は当日坊主が多い。3日も続いたら大体1ヶ月は続けている。

このことの要因として、1番に自分の忍耐力の無さが挙げられると思うが、現代人には選択の機会が多いことも挙げられると思う。「3日坊主」という言葉が作られた時代に比べ、個人が日常的に行えることの選択肢が格段に増えている。選択の数が増え、経験を積んだ我々現代人は、3日も経たずともその行動が自分にとって有意義かどうか判断出来るようになっているのではないだろうか。

 しかし、このように自分を正当化する行為は20年近く続けている訳だが、有意義かどうかの判断は未だに出来ていないところみるに、やはり自分の性格が問題なのだろうか。

宗教

 先日、バイト中にキリスト教のおばさんにお祈りされた。お盆真っ只中にキリストに堂々とお祈りする姿勢は何か見習えるものがありそうだが、こちらは一応仕事中である。お祈りするなら適当なガキにでも話しかければいいのに、なぜ閉店間際にバタついてる店員に話かけてきたのか。彼らには「一日〇回他人の為に祈る」といったようなノルマがあるのかもしれない。回数稼ぎのために祈られたら、それこそ神様だって過労で倒れそうなものであるが、非課税を勝ち取るにはその位の労力は必要ということなのだろう。

 夏は嫌いだ。暑い。冬は着込めばなんとかなるが、夏はそうもいかない。せいぜい脱げて1.2枚程度だし、街を全裸で歩いてもいいという許可がでたとしても暑さは変わらないだろう。

それに「夏は外に出なければ」という一種の焦りのような物も感じる。冬は家から出なくても当然のような空気感があるが、夏はそうもいかない。その結果夏の間だけランニングをしてみたり自転車で60キロ程走ってみたりするのだ。当然夏以外運動しないのだから、体は悲鳴をあげる。日頃の怠惰が成せる業である。

 早く夏が終われと祈りつつ、9月も終わりに差し掛かると、少し夏が恋しくなる。嫌よ嫌よも好きのうちとはこのことなのだろうか。

夜の電車

 夜の電車は好きだ。平日21時以降の電車は空いていることもさることながら乗客の目が高確率で死んでいる。21時まで仕事や勉強をして「明日もあるのか」などと考えながら電車に揺られる帰路はどんなに虚しいことか。この電車を取り巻く負の感情はある種の一体感を生み、「自分だけではないのだ」という気持ちにさせてくれる。協調性の欠片もない人間でもやはり仲間は欲しいものなのである。

 

 

 

 

 

まあ、金曜夜の電車は嫌いなんだけども。

目的もなく資格を取るということ

 単位欲しさに要らない資格に何千円も払っている現状にとても腹が立つ。とはいいつつも90分×15回の授業にでて試験まで受けた上にどうせほとんど忘れてしまうとなればやはり形として残る資格の方がいいのかな、などと考えまた新しい資格取得を考える。結局は自分の意思など存在せず、賢い選択をしているつもりで誰かに操られているのである。商工会議所やら色々な団体を潤すために明日も資格の勉強をするのだ。いつか役立つ日を夢見て。

初めてのブログ

 今更ブログなんて古臭いような気もしますが、何か新しいことを始めることで日常に変化があるかなと思い始めてみました。根が卑屈な人間なので日頃思うことを書くと愚痴しか書くことが無いような気もしますが、そこは他者に見られる可能性もある日記として意識すれば自重できるかなといった次第です。